2012年11月14日

BABY COME BACK - Player

どうやら、とろさんのお誕生日だったようで・・・

関係ないけど、シュガロンの日本人常連客第1号さんで
また、最後の常連さんでもあります。

お誕生日のお祝いに、古い曲をプレゼントしますね。
この歌、失恋ですけど、そちらゴールインは?

(ま、いっか)

プレーヤーのベイビー・カムバックです。

プレーヤー(Player)というバンドは、
1970年代の終わり頃に活躍していた
LA出身のアメリカン・ロックバンド。

1978年「ベイビーカムバック」シングルカットは、
全米ビルボードチャートで1位を獲得しました。

この頃は、
ソウル・ミュージック全盛だったせいか
白人バンドもソウルフルでしたね。

やっぱり当時、流行ったブルー・アイド・ソウル。
青い目のソウルだわね。

あっ・・・活動をみると、現役・・・

1976–1982
1995–2003
2008–現在






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posted by シュガー at 02:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2012年10月22日

SUSHI -Oscar Peterson

いつもYAMATOの演奏で
ちょっとマンネリ化しております。

そんな中で本日は、
オスカー・ピーターソンのコンサートを。

日本びいきの彼が作曲した曲「SUSHI」を
お楽しみ下さい。

ピアノは勿論なんですが、
ギター、ドラム、ベースの全てが最高です。

何だか元気が湧き出てくる曲で
久しぶりに、良い出会いがありました。

パッションを感じる・・・


そして・・・・


お寿司大好きな私としては、
ふぅ〜む、こうくるか・・・という感じで
早速、お寿司が食べたくなるという・・・・

ダイエットしないといけない時に・・・(ーー;)






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posted by シュガー at 07:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年10月18日

TWIST & SHOUT - The Beatles

シュガロンのあったBFホームズに
ライブハウスが出来ました。

まだ1年に満たないのですが年内で閉鎖だそうです。

値段が高いせいか、お客さんがゼロの日が続いている。

うぅ〜〜〜ん、値段のせいかなぁ〜

オーナーさんは
シュガロンのお客さんだった高齢の女性。

この方は歌がお好きで、ずぅ〜っと歌いたい人。

さすが人の店では出来ないから
自分でミュージック・ラウンジをオープン。

毎晩、これでもかと歌われたら
おばさんのファン以外は、中々つらいですね。


ライブハウスは、バンドの支払いに経費がかかるので
ストリート・バンドじゃない限りは
多分、赤字経営になってしまいますから
継続が難しいんですねぇ〜

ドミンやダニーが頑張って出演していたそうですが
結局、力尽き果てた様です。

残念ですね。


お客さんは安さを求め、
出演者は高額ギャラを求め、
経営者はその狭間で唸っている・・・

そんな日々を思い出します。


YAMATOはシュガロン以外で仕事をするには
何としてもビートルズの曲をレパートリーに
多く取り入れなくてはなりません。(ジレンマ)


さて今回は、
1961年にトップノーツ、
1962年にアイズレー・ブラザーズがリリース。

ザ・ビートルズが1963年にカバーして
風邪気味と歌い過ぎで喉が枯れたジョンが歌ってますが
逆に良い味になっていますよね。

結局、テイクワンの録音が使用されたそうです。

ビートルズの初期はやはりロックンロールが多く、
このカバーも、オリジナルではないけれど
シグネチャー・チューンとして親しまれています。

モーガンさんのお陰で、
ビートルズの曲に取り掛かって、
今や35曲以上のビートルズ・ナンバーを
レパートリーにしています。

モーガンさん、いつか又、
ジャミングしましょうね!!(場所探さないと)







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posted by シュガー at 02:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2012年10月06日

LONG TRAIN RUNNING - The Doo Bee Brothers

10月1日(月)やっと大家さんに
物件を引渡し、ご縁を切ることが出来ました!!

7月からの3ヶ月分前家賃を返すからと
物件売却に夢中になった大家さんですが
いざ、その時になると、理由をこじつけて
前家賃を返却しないので、
結局、契約期間を満了したということです。

窓に大きな「FORSALE」を貼られたので(ほか2枚も)
お客様は激減ですよねぇ〜

まぁ、フィリピンでは一度、渡した金を
取り戻すのは殆ど不可能で
BIRでも、払い過ぎは
還付金ではなくクレジットになって、
その分を支払い時に相殺することが常です。

結局、赤字経営の痛手が最後の最後まで
あの欲張り大家にトドメを刺されました。

鬼に金棒・・・・の反対で・・・・
え〜と・・・・
泣きっ面に蜂!!でしたわ。

さて今日は、私が大好きなドゥービー・ブラザース。

あまりヒットしなかったデビュー・アルバムのリリース後
間もなく、グループに
2人目のドラマー、マイケル・ホサックが加入した。

この後永きにわたってグループのトレードマークとなる
ツイン・ギター、ツイン・ドラムスの5人編成が完成する。

セカンド・アルバムのレコーディング中に
デイヴ・ショグレンが脱退して、
後任にタイラン・ポーターが加入しました。

1970年代前半の黄金期を支えるメンバーが
揃ったという分けです。

1072年、セカンド・アルバム
『トゥールーズ・ストリート(Toulouse Street)』をリリース。

同作からシングル・カットされた
「リッスン・トゥ・ザ・ミュージック」が
ビルボード Hot 100の11位まで上昇し
グループは一躍全米規模の人気バンドとなる。

サザン・ロック色の濃い音楽性に加え、
二人のドラマーに黒人のベーシストを加えた
力強いファンキーなリズムセクションが評判を呼び、
1973年のアルバム
『キャプテン・アンド・ミー(The Captain and Me)』で
「ロング・トレイン・ランニング(Long Train Runnin')」
を始め、「チャイナ・グローブ(China Grove)」がヒット。

1974年のアルバム
『ドゥービー天国(What Were Once Vices Are Now Habits)』

「ブラック・ウォーター(Black Water)」が初の全米No.1ヒット
イーグルスと並びアメリカン・ロックを代表する
人気バンドのひとつとなった。(以上、ウィキペディアより)

先にギターリストのジェフ・バクスターが
スティーリー・ダンから参加して
トリプル・ギターになってますが、
同じバンドからマイケル・マクドナルドが
参加していた時代が長かったですね。


そんなわけで、YAMATOは、
大家さんと私の確執にも関係なく
赤字なんか、全く関係なく、
平和に音楽を愛し、元気に練習に励んでいます。

何処かで見かけたら声をかけてあげて下さぁ〜い。


今回も色々とドジってますが、これが現在の力量です。

ヘマを隠していると、アップする曲がありませんので
その旨、ご理解の程、宜しくお願い申し上げます。m(_ _)m






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posted by シュガー at 09:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2012年10月01日

Satisfaction&Jumpin'jack Flash - The Rolling Stones

お客様のリクエストが断然、多いので
ビートルズばっかり演奏しているYAMATOですが(苦笑)
今回は久しぶりにザ・ローリング・ストーンズの曲です。

ユーチューブが何故か
15分以上の動画でもいいよぉ〜と、言ってくれているのですが、
そんな長いのは、聴いている方も、お疲れになりますので、
まずは、短いのを2曲。

ミック・ジャガーのアクの強さには敵いませんが
それなりに頑張って演奏・・・・とか言いながら
間違っちゃってますが(ーー;)当時、一世を風靡した曲で
はるか遠い昔を思い出して下さい。





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posted by シュガー at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年09月24日

NO REPLY - The Beatles

ご無沙汰してまぁ〜〜〜す♪

暫く無気力状態に陥って、動画をアップなんて
ぜぇ〜んぜんっ!!やりたくなかったので
サボってました。

シュガロンの引越し後の片付けが大変で・・・・
恐ろしい荷物の山でした。

うちのスタッフは、ゴミまで溜め込んでいた。
過去4年程のゴミが山盛り・・・・

捨てるのに400ペソかかったぜぃ〜

今日は、YAMATOのレパートリーの中から
ザ・ビートルズのノーリプライを
カバーしている動画をアップしました。





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posted by シュガー at 18:56| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2012年08月22日

BABY'S IN BLACK - The Beatles

久しぶりにアップ致しました。


ザ・ビートルズのベイビーズ・イン・ブラック

ジョン・レノンとポール・マッカートニーの共同制作。

ビートルズには珍しく、八分の六拍子の曲で
速度もゆったりとしていることから、
四分の三拍子のようにも聞こえる曲です。

歌詞はビートルズが
最初のハンブルクでの仕事中に出会った友人で
写真家のアストリッド・キルヒャーが
婚約者のスチュアート・サトクリフの死に
大きな衝撃を受けていたことから書かれたもの。

ビートルズは「ベイビーズ・イン・ブラック」を
1964年8月11日に録音しました。

レノンとマッカートニーが
ボーカルを1つのマイクで同時に録音したのは
2人の希望によるもので、
演奏が、より身近に聞こえるようにという
意図だったと言われています。

その後1946年に
(ポールの高音部と、レノンの低音部の)
どちらがメインのメロディーなのかと、
音楽出版業者がマッカートニーに尋ねたところ、
マッカートニーが
「両方ともメインのメロディーだ」
と答えたということです。

この曲は、
黒い服を好んだアストリッド・キルヒャーの
為の挽歌。

アストリッドはドイツの写真家で、
ビートルズがハンブルクにいた頃、
彼らの髪を有名なマッシュルームカットに
セットした女性としても有名です。

彼女は、
ビートルズの最初のベーシストで、
レノンの美術学校時代の仲間だった
スチュアート・サトクリフと
恋愛関係にあった当時、
スチュアートが脳腫瘍によりドイツで死亡。

アストリッドは、彼の死を
どうしても乗り越えられなかった。

それがこの曲の歌詞の
インスピレーションとなったと言われています。





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posted by シュガー at 06:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年08月10日

LOVE GUN -Kiss

今晩は。お久しぶりです。

今日は久しぶりにお天気でしたが
皆様のところは大雨や洪水の被害はいかがでしたか?

YAMATOは毎週水曜日、
マニラ・パビリオンに出演しておりますが
あの日はマニラ首都圏がイエロー警告になったので
お仕事がお休みでした。

ビュー・バーの方は毎週月曜日ですが
火曜日に出演するバンドが洪水で来れないので
ピンチヒッターで出演。

この日のお客様は殆どが白人のお客様でした。

ロック好きのお客様のために、
YAMATOがハイスクールの頃から
カバーしていたKISSの中から1曲。

久しぶりで少し記憶喪失?(苦笑)







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posted by シュガー at 04:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2012年07月26日

DO IT AGAIN - Steely Dan

今日は、以前、reelin to the yearsという曲を
ご紹介しましたスティーリー・ダンというアメリカのバンドの曲です。

1972年のデビュー当時は、バンド形式だったのに、
レコーディングでスタジオ・ミュージシャンを適用したので
バンド・メンバーがどんどん辞めてしまい、
現在はドナルド・フェイゲンと
ウォルター・ベッカーによる二人のユニット。

デビューアルバム「キャント・バイ・ア・スリル」から
シングルカットされた「ドゥ・イット・アゲイン」は
全米で第6位を記録する大ヒット曲でした。







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posted by シュガー at 01:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年07月25日

Everyday I have the Blues - John Mayer

今日の曲は、B.B.キングの
『エヴリデイ・アイ・ハヴ・ザ・ブルース』という曲です。

YAMATOは、現代のお気に入りアーティストである
ジョン・メイヤーのバージョンをカバーしています。

他にエリック・クラプトンもカバーしていて、
これは、中々お洒落なアレンジになっています。

でも、管楽器やキーボード、ピアノが駆使されているので
ちょっとカバーし切れないし、
ジョン・メイヤーのアレンジがかなり好みだったので
こちらに決定した次第です。


ジョン・メイヤーの紹介は、
7月22日の『GRAVITY』をご参照下さい。










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posted by シュガー at 04:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年07月23日

You Can't Do That - The Beatles

本日は、ザ・ビートルズの曲です。

この曲は、1964年3月にビートルズが発表した
6枚目のオリジナル・シングル「キャント・バイ・ミー・ラヴ」のB面曲。

題して、「ユー・キャント・ドゥ・ザット」("You Can't Do That")

レノン=マッカートニーの作品ですが、
実質的にはジョン・レノンの作った楽曲だそうです。

リード・ヴォーカルはジョン。
ポールとジョージがコーラスを担当しています。

中間部のギターソロは、ジョージでなくジョンです。

イントロはジョージ。
マイナーとメジャーの不思議なリフで始まります。

1964年7月発表のビートルズの
イギリス盤公式オリジナル・アルバム
『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』にも収録。

当初は映画の中で使われる予定だった曲で、
実際にステージでの演奏シーンも撮影したが
最終的にカットされてしまいました。

ジョンはこの曲について
「当然、シングルのA面を取れるものと思っていた。
しかし結局はB面になった。

その理由はポールの作ってきた
「キャント・バイ・ミー・ラヴ」が
それ以上によかったからさと発言しており、
ジョンにとっては相当な自信作であったこと、
ポールとの間で激しいシングルA面争いが
行われていたことがわかりますね。









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posted by シュガー at 04:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年07月22日

GRAVITY - John Mayer

ちょっとご無沙汰しておりました。

仕事が立て込んでいて、ブログを覗く暇がありませんでした。

YAMATOは通常、昔の曲を演奏しているんですが
今日は、現代のギタリスト、ジョン・メイヤーの曲、
グラヴィティをアップ致しました。

7月16日(月)に収録したものですが
魔の夜となった、全般的に呪われた様な夜で
何とも言えない状況に陥った夜でした。

それでも、シュガロン時代のお客様が
駆けつけて下さって、後半はかなり本気ノリで
演奏することができました。

YAMATOが学校でブリンプ・リップスという
バンドを結成した頃、このグラビティが
レパートリーに含まれていました。

クラプトンのギター・フェスティバルで見た時は
あまり好ましくなかったのですが
ジョン・メイヤー自身のコンサートでは、
やはり秀逸の才能を鑑賞することが出来ました。

ジョン・メイヤーは、1977年10月16日生まれの
アメリカのシンガーソングライター、ギタリスト。
コネチカット州生まれで、13歳からギターを始め、
19歳でバークリー音楽大学に入学し、
数ヶ月で中退した。

ギタリストとしての評価は非常に高く、
若くしてエリック・クラプトンやバディ・ガイ、
B.B.キングなどの大御所ブルース・ギタリストとの
競演を果たしている。

米ローリング・ストーン誌の2007年2月号で
ジョン・フルシアンテ、デレク・トラックスと共に
「現代の三大ギタリスト(The New Guitar Gods)」
に選定されています。

確かに才能があるのは理解していたのですが
レイ・チャールズの
『アイヴ・ガット・ア・ウーマン』を
カバーしていますが脱帽ものです。

レイ・チャールズの大ファンとしては
厳しい鑑賞だったのですが、
素晴らしいパフォーマンスでした。  

ジョン・メイヤーは高校生の頃、交換留学生として
2週間ほど日本の向上高等学校に通っていたそうで、
この頃から大の親日家。

バークリー音楽学校時代は、日本出身のギタリスト講師の
トモ藤田氏に師事していたそうです。

トモ藤田氏によると、ジョンは16週間、
朝9時からのレッスンを一日も休まなかったとのこと。
恩師との関係は今でも続いているそうで、
自分のモデルのストラト・キャスターを贈ったり、
コンサートに招いたりしています。

2年前に単独で日本を訪問した際、
六本木のクラブでナイトライフを楽しんだり、
京都で精神的な癒やしを得たり、
有楽町のビッグカメラで7時間以上過ごして
「ビッグ、ビッグ、ビッグ、ビッグカメラの歌が
頭の中でエコーしている」と笑ったり、
滞在1カ月目にブログで
「まだまだ帰りたくない。
帰りのチケットはオープンのまま」と綴っていた程
日本を満喫していた様です。

2011年に発売された東北地方太平洋沖地震の
復興支援を目的としたアルバム、Songs for Japanに
ウェイティング・オン・ザ・ワールド・トゥ・チェンジ
を提供しています。

偶然ですが、
YAMATOの哲也も、ジョン・メイヤーも
バック・トゥー・ザ・フューチャーで
マイケルJフォックスが
チャック・ベリー風のギター演奏をするシーンで
ギターに興味を持ったそうです。

昔のレジェンドとなったバンドには
YAMATOのメンバーが尊敬するアーティストが
大勢いるんですが
年齢的に一番近い現代の若手ギターリストとしては
やはり、ジョン・メイヤーが
最も尊敬に値するアーティストの様です。








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posted by シュガー at 03:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年07月13日

Highway Star - Deep Purple

前回に引き続きまして、
ディープ・パープルが作ったスピード・メタルの楽曲。

「スモーク・オン・ザ・ウォーター」と並ぶ代表曲です。

「ハイウェイ・スター」は1071年、
ディープ・パープルがポーツマスへ向かうバスの中で
生まれたとされている曲です。

バンドを代表する一曲として、
ライヴのオープニング・ナンバーに用いられ、
特に第三期は
アンコールにも使用されることが多かったそうです。

中盤のジョン・ロードによる
バッハのコード進行を引用したキーボードソロと
後半のリッチー・ブラックモアの速弾きギターソロが
特に印象深いですね。

当時は、他のミュージシャンもそうですが
バンドの代表格であるブラックモアとロードは
クラシック音楽の影響を非常に強く受けています。

それまでにも
ロックとクラシックの融合を試みたことがある彼らは
この楽曲にもクラシックフレーズ導入を決意し、
中盤部分でバッハのコード進行を遺憾なく発揮。

このクラシックフレーズ導入は結果として成功し、
パープル第三期の曲「burn」でも、
バッハのコード進行が引用されている。

いずれにしても、最大の見せ場となるのが、
リッチー・ブラックモアのギターソロ部分です。

ヘヴィメタル分野での教則本では、
この楽曲が掲載されることが非常に多いそうです。

海外の最もすごいロック・ギターのソロでは、
「ハイウェイ・スター」のギターソロが8位だそうで
じゃあ、あとの7曲は何?と勉強不足です。


若輩YAMATOも尊敬するディープ・パープルの曲を
頑張ってコピーしていますが、キーボードが無い分、
ギター1本でカバーです。









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posted by シュガー at 20:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2012年07月11日

母校創立40周年記念コンサート

7月10日母校の創立記念日に行われた
コンサートの模様です。

音響が悪いので申し訳ございませんが
ホテルでのパフォーマンスと違うYAMATOを
ご紹介致します。

オープニングは、
エドガー・ウィンターのフランケンシュタイン。
続いて、
レア・アースのアイ・ジャスト・ウォント・トゥー・セレブレイト。

2曲続けてご覧下さい。





3曲目は、YAMATOが、
かなり大好きなザ・フーのフーアーユー?です。

アメリカのテレビ・ドラマ「CSI」でも使われている曲です。





4曲目は、YAMATOが
結成前の前身バンド時代からカバーしている曲です。
ドゥービーブラザースの
「ジーザス・イズ・オールライト・ウィズ・ユー」

カトリック・スクールなので、もってこいの曲で
昔の曲を知らない学生達も、みんな、のりのりです♪





最後の2曲は、サンタナのイヴィル・ウェイズと
ジミヘンのファイヤーです。








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posted by シュガー at 07:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年07月10日

I Want You(She's So Heavy) -The Beatles

皆様、ご存知、ザ・ビートルズの曲です。

アイ・ウォント・ユー“I Want You (She's So Heavy)”は、
1969年に発表されたビートルズの
アルバム『アビイ・ロード』に収録されている曲です。

4人が横断歩道を歩いているアルバムね。

リード・ヴォーカルはジョン・レノン。

ポールとジョージがコーラス合戦を繰り広げています。


ビートルズの公式発表曲の中で、
歌詞のあるものと限定すれば一番長い曲(7分44秒)。

タイトルは
「She's So Heavy(シーズ・ソー・ヘヴィ)」
と表記されることもある。

ジョンは1968年頃から
後に妻となるオノ・ヨーコに捧げた曲を作っているが、
本作も彼女に捧げたものだそうです。

単純な歌詞がひたすら繰り返されているので、
発表当時は
「ジョンの作詞能力は枯渇した」と非難する声も・・・。

でもね、ジョン自身は
「アイ・ウォント・ユーこそが、
一番、大切な言葉なんだ。
それを繰り返しただけ」と語ったそうです。

なるほど、そうなんだろうけど・・・

私は子供時代、この二人を見て
世界一、気味の悪いカップルと感じてました。

好みの問題なので、ファンの方は、ごめんなさい。

そして、この曲の録音には、
ビリー・プレストンが
ハモンドオルガンを弾いて参加しています。

ジョージとクラプトンが仲良しなので
ビリー・プレストンも両方と仲良しですね。

当時は、プレストンも結構、ヒット曲を
出してましたよねぇ〜♪







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posted by シュガー at 04:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年07月07日

Smoke on the Water - Deep Purple

ディープ・パープルは1968年に
イギリスで結成されたヘヴィメタルバンド。

ヘヴィメタルの先駆け的存在として
現在も多くのアーティストに尊敬されている。

半世紀近く前のバンドなので勿論、
メンバーの出入りはあるんだけども、
その激しさが凄い・・・・我侭の集団ってこと?

まあ、アーティストの集団だし・・・
団体行動が苦手な白人さん達だからね・・・

第1期 1968年 - 1969年
第2期 1969年 - 1973年
第3期 1973年 - 1975年
第4期 1975年 - 1976年
第5期 1984年 4月 - 1989年 5月
第6期 1989年12月 - 1992年 8月
第7期 1992年 8月 - 1993年11月
第7.5期 1993年12月 - 1994年 7月
第8期 1994年11月 - 2002年2月
第9期 2002年 3月 - 2011年 9月現在

ざっと、こんな状況だったそうです。


最後というか現在は
オリジナル・メンバーのドラムス、Ian Paiceだけ。

1993年12月から1994年7月の間、
ツアーサポートとしてギタリストのJoe Satrianiが参加している。

メンバー交代やスペアの調達が安易に出来るのは
横のつながりがあって、
なおかつ、オーディションもあったりするので
良い人材を見つけ易いのかもしれませんね。

マニラでは難しいですけど・・・


いずれにしても、名作と言われる作品は、
第2期に発表されたものだということです。

ロックの括りでは
レッド・ツェッペリン/クイーン/エアロスミス
/ピンク・フロイド/ローリングストーンズに次ぐ
アルバムセールスを誇っているんだそうです。

そして名作は全てリッチー・ブラックモア在籍時
に発表された作品だということです。

アルバムセールスは
1億枚とも1.5億枚とも言われている。

す、凄い・・・・・ですね・・・(@_@;)
さ、さすが自家用飛行機レベル・・・

記録によると、
ディープ・パープルの初ライブは1968年8月で
イギリスで開催された『第8回ナショナル・ジャズ・アンド
・ブルース・フェスティバル』らしいです。

確か、ELPの前に演奏したと思います。

当時は、ヴァニラ・ファッジやクリーム、
ジミ・ヘンドリックスといったアーティストに影響された
幻想的で破壊的な世界観の音楽性が魅力とされていた。

いわゆるサイケデリック時代なんですけどね。

ライブでは、
ジャズやクラシックをベースとした20分以上の
圧倒的な即興演奏をこなす力量のあるバンドで、
プログレッシブ・ロックを初め、
ロック音楽の世界にクラシカルな音楽性を加味させた
第1期にリリースされた3枚のアルバムは、
少し大衆性に欠けているかもしれませんが、
独自の世界観を構築しています。


納得のいく環境でアルバムを制作する為に、
1971年12月、スイスのモントルーにある
ジェネバ湖(レマン湖)のほとりにあるホテルで
ゆっくりと鋭気を養っていたんですね。

対岸にある6角形をしたカジノで
モービル・ユニットを使って録音する予定でした。

ところが12月4日、
ディープ・パープルが使用する直前にですよ、
フランク・ザッパとマザーズが
このカジノでコンサートを行った時に、
興奮した観客のせいで火災が発生してしまって
このカジノが全焼してしまったそうです。

最悪な状態の中でしたが、災い転じて福となる。

その際、バンドメンバーが
湖の上に立ち上る煙を見て、つぶやいた言葉と
ブラックモアが書いた印象的なリフとが融合されて、
「スモーク・オン・ザ・ウォーター」が
誕生したという逸話があります。ほんとかな?

リッチー・ブラックモアによるギターの速弾きや
印象的なリフは非常に有名で速弾きの元祖とも言われ、
そのテクニックは多くのギタリストに影響を与えています。

速ければ良いというワケじゃないけどね・・・

「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のリフは
彼らの楽曲の中で、最も有名な楽曲となり、
テレビやコマーシャルで、
そのリフが多用されたことから、超有名となって、
ロック・スターを夢見る多くのアマチュア・ミュージシャンに
多大の影響を与えました。

ストラトキャスター、もしくはコピー・モデルを手に入れて、
まずは、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のリフを弾く
ギター・キッズは今も多い様です。YAMATOも同様ですね。

1973年度版ギネスブックに
"The loudest band in the world"(世界一の大音響バンド)
として彼らが認定されている。

ロンドンのコンサート・ホールにて
最大117デシベルを計測し、暫く記録を保ち続けた。

1976年に同じくイギリスのロック・バンド、ザ・フーが
最大120デシベルを計測したため彼らの記録は破られた。

しかし屋内ステージでの公演における音量としては、
未だに世界一を保持している。

そう思うと、ホテルのラウンジ・バーでの演奏では、
かなり音量を抑えたものとなってしまうので
ヘヴィなロックは場所柄としては似合わないですね。

まぁ、白人のお客様は、大喜びしていますけど・・・






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posted by シュガー at 18:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2012年07月04日

I Just Want to Celebrate - Rare Earth

何を隠そう実は私、レア・アースの大ファンです。


元々、R&Bファンの私は
あまり(というか全然)白人バンドに興味がなかった。

でも、グランド・ファンク・レイルロードと
レア・アースは別格でお気に入りバンドでした。


レア・アースがカバーしたテンプテーションズの
「ゲット・レディ」のアルバム版は約20分強。

この2枚組アルバムは未だに宝物です。

YAMATOはパフォーマンスの関係で
シングル・カットをカバーしています。

長すぎて嫌だっていう意見も何処かで見かけたけど
私は全然、飽きずに何回も聞けました。

もっと長くてもいい!!と思った。

レア・アース版のゲット・レディについて
コメントしている方々の中で、
テンプテーションがオリジナルだけど、
あまりヒットしなかった曲です・・・・
なぁ〜んて言っている人がいるので驚いています。

私の記憶では、当時、黒人音楽がブームで
テンプテーションは5本の指に入るグループ。

コンサートの幕開けに、よく歌っていた曲ですし、
日本のディスコでは1時間に3回はリクエストで
流れていた曲なんですね。

勿論、このレア・アースのバージョンを
リクエストする人もいましたよ。

だから、かなりの大ヒット曲なんです。


まぁ、それはさておき・・・


この5人編成の白人バンドですが
1960年に結成された際のバンド名は「The Sunliners」
1968年に「Rare Earth」に改名。

1969年、R&Bで有名なモータウン・レコードの
傘下にあるレア・アース・レーベルからデビュー。

同年後半にパーカッション担当のエディ・グズマンが参加。

決まっていなかったレーベルの名前なんですが、
レア・アースにすればと言ったら
本当にその名前になって本人達も驚いたとか。(笑)

1971年、
I just want to celebrateが全米7位を記録。

モータウンと契約した白人バンドは他にもいますが
レア・アースは
最大のヒット曲を生み出したグループでした。

その後、紆余曲折・・・メンバーの出入りも激しく
レーベル移籍等々・・・・・

話せば凄く長いストーリーだし、記憶も定かじゃないし

まぁ、なんであれ、現在の音楽界の中でも、
トップクラスと言われるバンドの一つであると
固く信じているのは私だけではないと思います。

2007年10月に行われた
Neil Young's Bridge School Benefitでは
メタリカがこの曲を演奏しています。(うぅ〜むぅ・・)


YAMATOは、7月10日に行われる母校の
創立50周年記念パーティで40分の枠をもらい、
今、選曲であぁ〜でもないこぅ〜でもない状態。

勿論、この曲もラインアップに含まれそうです。

(影の声:もっと練習しろよぉ〜)









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posted by シュガー at 02:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2012年07月02日

Born to Be Wild - Steppenwolf

1967年に結成されたカナダのバンド、ステッペンウルフのヒット曲。

映画、イージーライダーのタイトルとしても有名になった
「ワイルドで行こう!」をYAMATOが演奏します。

バンド名は、ヘルマン・ヘッセの小説『荒野のおおかみ』
(Der Steppenwolf)から名付けられたそうです。

1960年代に熱狂的なファンの支持を得て、
現在に至るまでに全世界で2,500万枚以上のアルバムの
売り上げを記録しています。

活動期間は、結成当時の1967年 - 1971年
突然の解散は、
ジョン・ケイのソロ活動が目的だったみたいで
結局3年ほど後に、ステッペンウルフが再結成され、
1974年 - 1976年に再活動したけど
小ヒットでパッとしなかったので、また解散。

リバイバルして1981年 - 現在も健在だそうです。


ちょっと政治色が強いバンドで、
ニクソン大統領等も、しっかり批判する曲がありますが
YAMATOは、完璧なノンポリです。(関係ないけど)








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posted by シュガー at 16:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2012年06月29日

Purple Haze - Jimi Hendrix

今日は、皆さまご存知ジミヘンの代表曲
『パープル・ヘイズ』です。

デビューから僅か4年の1970年9月18日未明に27歳で死亡。

エレクトリックギター奏者として
非常に高い技術と表現力に留まらず、画期的な技法を考案し、
エレクトリックギターという楽器の可能性を
以前とは比較にならないほど拡大した功績を持つ。

メジャーな活動期間がたった4年だったにも拘わらず
後世のギタリストに与えた影響が比類ない程に絶大で、
多くのミュージシャンや評論家から
史上最高のロックギタリストと認識されている。

ヘンドリックスのプレイスタイルは、
型破りなアクションが取り上げられるけれど、
基本はブルースやR&Bで、
これにジャズのコードやスケールを加えた
ベーシックなものです。

しかしながら、
音の選び方やフレーズの展開は強烈に非凡なもので
従来のブルースやR&Bの枠に
収まらない画期的な作品を残しています。

スタジオ録音は勿論、ステージでも
ギターのエフェクターを多用するジミヘンは、
従来のギタリストが考えられなかった豊富な音質の
バリエーションをもたらせている。

入手したエフェクターの可能性を探ろうと何時間も演奏を続け、
エフェクターの設計者ですら想定していなかった
斬新な音を引き出していたという。

アメリカの伝統的なブルースをベースにしながら、
それまで誰も聞いたことのなかった斬新なギターサウンドや
卓越した演奏技術、圧倒的なインプロヴィゼーション能力を
披露するヘンドリックスは、一般の音楽ファンは勿論、
プロのミュージシャン達にも大きな衝撃を与えた。

渡英したばかりのヘンドリックスの演奏を
初めて目の当たりにしたエリック・クラプトンは
「誰もジミーの様にギターを弾くことはできない」
という言葉を残している。

後年、ジェフ・ベックは、「(メジャーデビューしたばかりの
ヘンドリックスの演奏を聴いて)廃業を考えた」と発言。
(英国BBCの音楽番組のインタビュー)

ヘンドリックスのステージには連日
ビートルズやストーンズなどのメンバーが顔を見せ、
出演するクラブには長蛇の列ができたという。

ギタリストであると同時に歌手でもあるヘンドリックスは、
ずっと「自分は歌が下手だ」と卑下し続けていた。

そんなヘンドリックスにとってのヒーローは、
独特の歌唱法でフォーク/ロック界を席巻したボブ・ディラン。

ディランの歌を聴いたヘンドリックスは
「これなら俺も歌えるかも知れない」
と勇気づけられたという。

エリック・クラプトンも
「ジミはギターだけではなく歌もとてもうまいよ」
と述べていますね。

ジミヘンに関して調べていると
山盛りの情報や逸話が出てくるけど
キリが無いので、この辺にします。

ヘンドリックスの代表曲である「紫のけむり)」
使用されているE7(#9)というコードは、
本来ブルースやジャズなどに使用されていたもの。

でも、ヘンドリックスの演奏によって
「サイケデリックな響きのするコード」として
有名となったそうです。

現在「ジミヘンコード」と呼ばれることもある。


日本でだけ・・・かな・・・?


若輩者のYAMATOが尊敬するジミヘンに
最大の敬意を評して演奏させて戴きました。







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posted by シュガー at 03:01| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2012年06月28日

Reelin' in the Years - Steely Dan

スティーリー・ダンはアメリカのバンド。

音楽性としては非常にレベルが高く、
ロックやポップスを基調としているが
50年代のジャズやR&Bの風味を取り入れ、
音楽制作者に多大な影響を与えた。

歌詞も非常に小説的で難解なものが多い。

元々、作曲家として活動していた二人なので、
その後の展開で、スタジオ・ミュージシャンを
使ったりして収録したりするから
バンド・メンバーはクビになったり辞めたりして
解散してしまう。

1972年のデビュー当時は、バンドの形式だったけど、
現在はドナルド・フェイゲンと
ウォルター・ベッカーによる二人のユニット。


デビューアルバム「キャント・バイ・ア・スリル」から
シングルカットされた「ドゥ・イット・アゲイン」は
全米6位の大ヒット。

今回のリーリン・イン・ザ・イヤーズも同アルバムに
収録されている曲で、1973年にシングル・カットで
リリースされた。別れた彼女に話しかけている歌。

1974年発表のアルバム「プレッツェル・ロジック」から
シングルカットされた「リキの電話番号」は
全米4位の大ヒット。

代表作は、1977年発表のアルバム「彩(エイジャ)」で
200万枚を売り上げる全米3位の大ヒット。

1980年発表のアルバム「ガウチョ」を最後に
スティーリー・ダン(ベッカーとフェイゲンのコンビ)は
活動を停止した。

1993年、二人での活動を再開。

2000年、スティーリー・ダン名義としては
「ガウチョ」以来20年ぶりとなる
スタジオ・レコーディング・アルバム
「トゥー・アゲインスト・ネイチャー」を発表。
全米6位の大ヒットを記録し、
同年のグラミー賞では
最優秀アルバムをはじめ4部門を獲得。

2003年「彩(エイジャ)」が
グラミー賞殿堂入りを果たす。






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posted by シュガー at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記